大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・コロナ禍で特例入国の中国人による過失致死事案相次ぐ。
・「雇用を奪う」「コロナが拡大する」と中国人入国反対デモも。
・政府と中国企業が鎮静化図るも、国民の対中感情は悪化へ。
インドネシア・スラウェシ島東南スラウェシ州にある中国系企業で働くため、新型コロナウイルス感染拡大を防止する一環として外国人の入国を厳しく制限する中、特例として入国した約500人の中国人労働者が工事現場で2件の過失致死事案を起こし、インドネシア人労働者2人が死亡していたことが明らかになった。
同州では大量の中国人労働者の流入が「地元労働者の雇用機会を失わせている」との批判に加えて「中国人の流入でコロナウイルス感染が拡大するのではないか」との懸念を招き、中国人が到着したクンダリ空港周辺では地元民による反対デモまで起きていた。
そこへ過失事故とはいえインドネシア人労働者2人が死亡したことで、中国人労働者や中国への反発が再燃する可能性も出ている。
■ 修理中の大型車両に轢かれて死亡
米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」の系列である「ブナールニュース」が8月4日に伝えたところによると、7月18日にコナウェ県モロシにある中国系のニッケル精錬企業「バーチュー・ドラゴン・ニッケル・インダストリー(VDNI)」で大型トラックの運転手として働く中国人技術者リー・シャン・ビン(35)容疑者が部下の技術者であるインドネシア人のユスラン氏(30)にトラック下部にあるケーブルの点検を命じた。
ユスラン氏はタイヤが10本もある大型トラックの車体下に潜り込んで点検を始めたところ、運転席にいたリー容疑者が突然トラックのエンジンをスタートさせて発進し始めたため、ユスラン氏は逃げることができずにタイヤに轢かれて死亡したという。
VDNIの関係者は「ブナールニュース」に対して「リー容疑者とユスラン氏の間で何らかのコミュニケーション・ミスなどの過失があったものと考えられる」として事故を警察に通報、リー容疑者は「過失致死容疑」で起訴されて公判を待っているという。
現場検証などに立ち会ったリー容疑者には中国語の通訳が立ち会っていたことなどから、ユスラン氏との間で言葉の問題があり、それが事故の原因になった可能性もあるとの見方が出ている。
同県で働く中国人労働者による今回のような交通事故で過失致死容疑に問われている中国人の事案は2020年に入って2件目という。
▲写真 コナウェ県モロシの「バーチュー・ドラゴン・ニッケル・インダストリー(VDNI)」 出典:VDNI
5月にはVDNIと同じくニッケル精錬工場の建設に関わっている中国系のステンレス鋼企業「オビシディアン・ステンレス・スティール(OSS)」で働く中国人労働者ドン・ミン容疑者がトラックを運転中に中国人労働者とインドネシア人労働者2人が乗るオートバイと道路上で衝突事故を起こし、バイクの2人が死亡する事故が起きたという。
この事故によりドン容疑者はリー容疑者と同じように「過失致死容疑」で起訴されて初公判を待っているが、有罪となれば最高で5年の禁固刑が科される可能性があるという。
■ 相次ぐインドネシア人事故死に反発
東南スラウェシ州のコナウェ県で続くニッケル精錬工場の建設計画は、ジョコ・ウィドド大統領の肝いりで始まった大型プロジェクトとされ、コロナ禍による厳しい外国人入国制限の中特例措置として6月以降これまでに約500人の中国人労働者が現地入りし、コナウェ県モロシにある工業地区に約5500ヘクタール規模のニッケル精錬工場の建設、整備事業などに関わっている。(※参考記事=6月25日「インドネシアに中国人大挙流入」)
▲写真 ジョコ・ウイドド大統領 出典:ロシア大統領府
ところがこうした動きに対し、主に学生団体などが「インドネシア人の雇用機会が失われる」「中国人が持ち込むことでコロナ感染が広がる」との懸念からクンダリ空港周辺で中国人労働者の搭乗機が到着するたびに反対デモが起きた。
しかし政府労働省担当官は「特例で入国した中国人は特定技能を有する技術者でインドネシア人熟練工でも代替できるものではない」「中国人労働者はインドネシア人技術者への指導を通じて技術移転も担っている」「精錬工場の仕事が終われば中国人労働者は帰国し、その後インドネシア人労働者約3000人を雇用する予定だ」「中国人労働者は全員がコロナ検査で陰性が確認されてから入国している」などとして地元の反対を正面から否定してきた経緯がある。
今回2件の過失致死事故が明らかになり、交通事故死とはいえインドネシア人労働者2人を含む3人が死亡していることから、地元の中国人労働者、中国系企業への反発が再び強まる可能性が懸念されている。
こうした事態に中国系企業2社は事故の容疑者を警察に通報し、捜査の結果起訴されていることを指摘して「中国人労働者といえども法の下では公正に対処している」との旨を強調し、地元民の理解を得て事態が深刻化しないようにと懸命に努力している。
ジョコ・ウィドド政権は看板政策として掲げる大規模インフラ整備の各プロジェクトがコロナ禍やそれに伴う予算不足、工期の遅れなどからいずれも当初の完工予定が大きくずれ込む結果となっている。
インドネシアの各メディアは多数の中国人労働者が不法入国して、違法労働者として主に中国企業が請け負うプロジェクトに従事してインドネシア人労働者の雇用を奪っていると批判を強めている。
しかし労働省では「インドネシアで労働に従事している中国人は4万人に過ぎない」としてインドネシア人の雇用機会を奪っているという指摘は当たらない、との立場をとり続けている。
とはいえこうした中国人労働者の実態、中国系企業の姿勢に加えて依然として衰えないコロナ禍の「元々のコロナ発生国」との中国への反発が複雑に絡み合ってインドネシア人の反中感情はさらに悪化しつつある。
▲トップ写真 インドネシアの国旗 出典:flickr; Nathan Hughes Hamilton
この記事を書いた人
大塚智彦Pan Asia News 記者
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。
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