Sunday, January 12, 2020

イスラム国で暗転 インドネシアで見たアニメと「嵐」を愛する「帰還者」の境遇 - 毎日新聞 - 毎日新聞

シリア渡航前に父親(中央)がフェイスブックに載せていたシャラフィナ・ナイラさん(右下)と2人の妹が一緒の家族写真。帰国後にインターネットに拡散した

 トランプ米大統領は2019年10月下旬、過激派組織「イスラム国」(IS)の最高指導者、アブバクル・バグダディ容疑者が死亡したと発表した。14年6月に「国家樹立」を宣言したISは5年余りで指導者を失った。しかしISに共鳴し合流した外国人やその妻子が今もシリア、イラクに残り、各国はその扱いに悩む。母国に戻った「帰還者」たちも社会復帰に困難を抱える。ISが各国に残した「傷痕」は癒えるのか。「帰還者」の姿をインドネシアで追った。【ジャカルタ武内彩】

 「日本のアニメが好きで日本語の勉強もしたんです。アニメなら『NARUTO(ナルト)』、アイドルなら嵐が好き」

 インドネシア・ジャカルタのレストランで、シャラフィナ・ナイラさん(23)がはにかみながら教えてくれた。イスラム教徒のヒジャブで髪を覆い、ジーンズをはいたナイラさんは聡明(そうめい)な若者という印象だ。IS支配下のシリアで約2年を過ごした「帰還者」とは想像もつかない。

 流ちょうに英語を話すナイラさんは、裕福で敬虔(けいけん)なイスラム教徒の家庭に育ち、マレーシアの全寮制の中学、高校で学んだ。

 生活が急変したのは大学でコンピューターサイエンスを学んでいた15年ごろだ。この頃、家族は多忙を極めていた。公務員として要職に就いていた父親は仕事で家を空けがち、母親は一番下の妹の世話で手いっぱいだった。孤独感を強めたのが3姉妹の真ん中、二つ下の妹だった。

 高校生だった妹はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に居場所を見いだした。SNSには当時、ISによるプロパガンダがあふれ、関心を持って検索すれば簡単に入手できた。「(ISの最大拠点だったイラクの都市)モスルに行けば教育費も医療費も無料になる」。そんなバラ色の宣伝文句にのめり込んだ。

 同じ時期、健康面などの問題を抱えていた叔父もISに傾倒した。14年はISが建国を宣言し、支配地域を拡大していた時期で、活発な宣伝はアラビア語だけでなく英語でも行われていた。叔父や妹による説得に、一家は徐々に洗脳された。

 ついに15年8月、ナイラさんと両親、妹2人の家族と親戚を加えた総勢26人はシリアを目指し、インドネシアを出発した。シリア行きに強く抵抗したナイラさんも最終的には家族に従った。「1人で残されたくなかった……。それにモスルの大学で勉強すればいいと思ったから」

想像と違ったISでの生活

シリアでの体験について話すシャラフィナ・ナイラさん(左)といとこのライハンさん=ジャカルタで2019年2月、武内彩撮影

 正規ルートでトルコに渡った一行は、事前に連絡を取り合ったIS関係者が手配した密航あっせん業者の支援を受けてシリアに密入国した。7人は国境周辺でトルコの当局に見つかり強制送還されたが、ナイラさんら19人は徒歩で国境を越えてIS支配地域に入った。

 たどり着いたのはシリア北部の街、ラッカだった。当初はISに賛同する外国人として歓迎された。最初に住んだのは男女別の寮のような建物で、欧州などから渡ってきた女性らとの共同生活が始まった。

 しかし、ナイラさんは事前の想像と現実の差を直ちに思い知らされた。建物の水回りは不潔で、制約の多い生活にストレスを抱えた女性たちが互いにののしり合う声が昼夜なく響いた。「清潔さや平和が大事だと説くイスラムの教えとは全く違う」

 父親ら男性たち5人の待遇も悲惨だった。戦闘員になれとの説得を拒否すると歓迎ムードは一変。刑務所のような場所に連行されて連日、罵声を浴びた。しばらくしてIS側が諦めたのか、小さなアパートの一室をあてがわれて全員で一緒に暮らせるようになった。ISが接収したアパートで、別の部屋には戦闘員の夫を亡くした女性らが暮らしていた。ロシア人だという女性の姿もあったという。

 ISににらまれている男性たちは外出もままならなかった。戦闘員が時折、アパートを訪れては男性たちの説得を試み、まだ子供だった一番下の妹を花嫁に迎えたいと言い寄った。ISからの生活支援はなく、ナイラさんら女性たちが聞き覚えたアラビア語で古紙を集めて市場で売ったり、わずかな持ち物を売ったりして生活費を工面した。屋外では目以外の全身を黒い布で覆うニカブを着ていたが、ある日、母親が手袋を忘れて外出し、警察施設に連行されたこともあった。

 ラッカ入りから約半年。ついに家族の中に犠牲者が出た。16年2月、市街地での戦闘が激化する中、「薬局に行く」と外出した叔父が夜遅くなっても戻らなかったのだ。叔父の長男で当時17歳だったライハンさんが捜し回り、爆撃で吹き飛んだがれきが当たり、病院に搬送されたことが分かった。医師に重篤だと聞かされたが面会はできず、翌日にライハンさんが1人で遺体安置所で身元を確認した。連れ帰ることも、母親が立ち会うことも認められなかった。次の日に病院に行くと遺体はすでに埋葬したと教えられた。IS管理の病院では反発することもできなかった。

 インドネシアに帰りたい――。ナイラさんをはじめ全員の間に切実な思いが募った。ラッカのインターネットカフェからインドネシアに残った親戚と連絡を取ってみたが、どうすれば帰国できるのかわからない。「ラッカから逃がす」とささやく密航業者に2度も金をだまし取られた。

命がけの脱出、そして冷たい母国の空気

 戦闘下の生活に疲れ限界を迎えた一家は17年春、銃で撃たれる恐怖におびえながら、一晩かけてタクシーや小さなトラックを乗り継ぎ、最後は徒歩で緩衝地帯の村にたどり着いた。白旗を振って敵ではないと知らせ、ISと敵対するクルド人部隊に投降した時の安堵(あんど)感と、投降後に乗せられたトラックの荷台で聞いた爆撃音や銃撃音が今もなお忘れられない。ナイラさんは「映画みたいに耳の真横を銃弾が飛んだのよ」と努めて明るく話すが、インドネシアに戻った今も、低空飛行する航空機のエンジン音を聞くと恐怖感がよみがえり、体が硬直するという。

 収容されたシリア北部の難民キャンプでも、なかなか帰国の道は開けなかった。17年夏、キャンプを取材したCNNインドネシアの映像には、テントの中で不安げにカメラを見つめるナイラさんの姿が映っている。配給される食料も十分ではなかったが、何よりもこたえたのは先が見えないことだった。キャンプ内で取材するメディアを見つけては自分たちから声を掛けた。「インドネシア政府が自分たちの存在を知れば、助けに来てくれると必死だった」。こうしてテレビで放映されたことや本国での親族の働きかけが功を奏し、別のキャンプにいたライハンさんら男性と合流。イラク北部クルド人自治区アルビルを経て帰国を果たせたのは、命がけでラッカを飛び出して数カ月後だった。

シリア・ラッカから逃れて収容された難民キャンプで、インドネシア政府に救助を求めるためにテレビ番組のインタビューに答えるシャラフィナ・ナイラさん(中央)と家族ら=CNNインドネシアの動画より

 しかし、死を覚悟してまで戻った母国での生活は厳しい。父親と叔父など大人の男たちは帰国直後に「反テロ法違反」の罪などで刑務所に収監された。SNSには「好きでシリアに渡ったのだから帰ってくるな」「帰還者はテロを起こす」といった心ない言葉が並んだ。

 ナイラさんらは、帰還者やテロ実行犯の妻や子供を一時収容する社会省管轄の施設に入り、「脱過激化プログラム」を受けた。内容は手芸など簡単な職業訓練がほとんどで、1カ月ほどで社会に戻されたがシリア渡航前の暮らしは戻ってこない。

 ナイラさんは今、母親と妹、叔母ら女性だけで西ジャワ州のある村の小さな家で暮らす。父親らは収監されたままで、出所後も脱過激化の矯正施設に送られるとみられる。近所には帰還者ということは明かしていないが、一番下の妹は中学校には通わずに自宅で学習する。母親らと一緒に菓子や雑貨を売ってわずかな収入を得るも、大学に復学する費用まではとても追いつかない。「漫画を描くのが好きだから、文学部で物語の作り方を勉強してみたい」と夢見るが、将来の見通しは全くたっていない。

 渡航時はまだ子供だったことから、叔父たちとは違い刑務所への収監を免れたライハンさんも学校には戻れず、母親が売る菓子作りを手伝う日々だ。亡くなった父親は日系企業に勤め、渡航前は生活に困ったことはなかった。「家族に連れられて半ば強制的にシリアに渡りました。後悔しない日はありません。でも時間は巻き戻せないから……」。力なく笑う表情に「帰還者」という重荷がのしかかる。

帰還者をどう受け入れるか

 インドネシアには若者が過激化したり、過激グループに参加したりするのを防ごうと創設されたネットメディア「ルアン・オブロル(語り場)」がある。ナイラさんも好きな漫画の形で自分の経験を投稿し、活動の場が広がった。原稿料を受け取ることで自信にもなっている。

 ルアン・オブロルを創設したのは、自身も学生時代に過激派組織に誘われた経験を持つヌル・フダ・イスマイルさんだ。02年のバリ島爆弾テロ事件を米ワシントン・ポストの現地記者として取材したが、その際には実行犯がイスラム学校時代の同級生だったという現実に向き合わされた。活動の根っこには「もしかしたらテロの実行犯は自分だったかもしれない」という思いがあるという。

 イスマイルさんが多くのテロ事件の容疑者や被害者らと関わってきた経験から強調するのは、「過激化の要因としては、宗教や主義主張よりも、付き合う友人や所属するグループなど社会的なつながりの影響の方が大きい」という点だ。

シリアでの体験をネットメディアで発信するシャラフィナ・ナイラさん(左)=ジャカルタで2019年7月、武内彩撮影

 ナイラさんの妹もSNS上のつながりで過激思想に引き込まれた。だからこそ経験者がメディアや講演を通じて同世代に語りかけることが重要だとイスマイルさんは説く。「ISが衰退したとしても過激思想は残り、新たなグループや組織が出てくるでしょう。我々はナイラたちを排除するのではなく、経験に耳を傾け学ぶべきなのです」

 若者と過激思想を切り離すという活動をよそに、インドネシアではISに忠誠を誓った地元組織によるテロ事件や未遂事件が後を絶たない。18年5月にはジャワ島東部スラバヤで連続爆破テロ事件が起きた。地元組織「ジャマー・アンシャルット・ダウラ」(JAD)の犯行で、メンバーが子供連れで起こした自爆テロによって日曜礼拝に訪れていたキリスト教信者ら10人以上が犠牲になった。インドネシア政府は取り締まりを強化し、各地でテロ事件を計画していたなどとしてJADメンバーを摘発している。

 テロ防止対策と併せて、政府にはシリアなどに取り残された自国民を帰国させるか否かの決断が迫られている。外務省によると19年5月現在、シリアで帰国を希望しているのは60人で、その内訳は子供24人、女性29人、元戦闘員7人。ほとんどが難民キャンプで生活しているとみられている。外務省が帰国希望者として把握する人たち以外にも500人近いインドネシア人がシリア周辺に残っているとされる。

 政府は態度を明らかにせず、国内では「自国民を保護しなくていいのか」という声が上がる。もちろん帰国させれば解決というわけではない。ナイラさんも受けた「脱過激化プログラム」の内容や矯正施設の設備は十分とはいえず、受け入れ態勢の強化が必要だ。特に戦闘員や過激思想を教え込まれた子供たちは長期にわたって観察する必要がある。

 帰還者の受け入れを巡る議論はインドネシアだけの問題ではない。英キングスカレッジ・ロンドン過激思想研究国際センター(ICSR)が19年7月に出したリポートでは、ISの支配地域に入った外国人は約5万2000人で、うち約6900人が女性、約6600人が子供だった。オーストラリアでは19年4月、ISに参加した両親が死亡した後に孤児となった子供の帰国を認めるかが論争となった。米国や英国はISに所属していた女性らの帰国を一貫して拒否する。

 バグダディ容疑者の死亡後、トルコが国内で拘束する欧州出身の外国人戦闘員の送還を始め、これまで無視を決め込んでいた各国政府に対応を迫っている。シリアやイラクでISが弱体化し、東南アジアやアフガニスタンなど他の地域で生き残りを画策する今、外国人戦闘員やその家族の処遇は猶予のない問題だ。関係国が対処せずに帰還者が裏口からなだれ込めば、治安当局が把握できないまま新たな脅威を生むことになりかねない。

 テロ事件や過激派組織の取材で浮かび上がるのは、偏狭な宗教観だけではなく、それぞれが抱える強い疎外感だ。難民キャンプにとどめ置かれた人たちをただ放置し、無視するだけでは「将来の負のサイクル」は断ち切れない。

ネットメディア「ルアン・オブロル」の創設者、ヌル・フダ・イスマイル氏=ジャカルタで2019年7月8日、武内彩撮影

「セカンドチャンスを許す寛容さ」を

 再びルアン・オブロルの事務所。19年7月、編集会議に出席したナイラさんの傍らには妹(21)がいた。活発で冗談を言っては周囲を笑わせる姿には、かつて過激思想に染まった面影はない。ラッカでの生活や難民キャンプでの経験をユーモアを交えて話し、自分の言葉で記録を残したいと手記を執筆中だという。

 スマートフォンで動画を見ては2人で笑い合う仲のよい姉妹だ。ナイラさんに一度「妹を恨んでいないのか」と尋ねたことがある。彼女は少し考えた後「過去には戻れないから。それに妹が後悔しているのは分かる」とだけ答えた。一方、妹は姉の姿が見えない時に「私が家族をあんな目に遭わせてしまった。冷静になって考え直していれば」とつぶやいたことがある。家族だけが頼りという過酷な状況を乗り越えてきた姉妹には、互いに寛容であることが必要だったのだろう。そして、その状況は帰国後も続いている。

 「いつか日本に行ってみたい」と語るナイラさんにはパスポートがない。シリアに入国した時点でインドネシアのパスポートは失効し、再取得は認められていない。徐々に社会復帰を進めても、「危険分子である帰還者」のレッテルは簡単には消えないのだ。

 23歳の彼女の人生はこれからも続く。「社会はナイラたちにセカンドチャンスを許す寛容さを持つべきだ」。イスマイルさんの言葉が、強く響く。

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January 13, 2020 at 05:30AM
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