Thursday, May 28, 2020

長く引きずったペットロス 気持ちすさみ妻に暴言、その次の日… - 西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(68)

 4年半しか生きられなかった愛犬「ボーイ」の亡きがらは、軽井沢の自宅に連れて帰りませんでした。入院していた東京の動物病院に頼んで火葬しました。翌日、受け取った遺骨は妻が座る車の後部座席に置き、軽井沢へ戻りました。

 車にはボーイのにおいが残っていました。ラゲージスペース(荷室)の窓にはボーイが鼻を押し付けた跡が残っていました。2人とも沈黙したまま。妻は遺骨の入った小さな箱に手を当てて外を眺めていますが、何も見ていない目でした。

 軽井沢に戻った後も考え続けました。私は安楽死の判断を間違ったんじゃないだろうか。死は避けられなかったとしても、ボーイはここに帰りたかったのではないだろうか。毎日のように散歩していた道の空気を吸いたかったんじゃないだろうか。大好きだった雪の冷たさを、もう一度肉球で感じたかったのではないだろうか。においと思い出が詰まったソファで死なせてやりたかった。ボーイ、本当にごめんな。

 横浜から移り住んだ軽井沢。ボーイとの思い出にあふれています。一番好きな場所が、一番つらい場所になりました。朝起きてもボーイがいない。カーテンを開けても、リビングルームのドアに手をかけても、甘えと期待に満ちたあの鼻声が聞こえない。リードは玄関の脇に残ったまま。

 愛犬、愛猫を失った経験のある読者の方はお分かりだと思います。いわゆるペットロス。私たち夫婦も、つらい思いを長く引きずりました。

 ボーイが死んで3年。55歳の時でした。私の気持ちはすさんでいました。日頃心に掛けていた身内から非道な裏切りをされて、酒を飲むとますます気持ちはすさみ、陰々滅々な雰囲気で暮らしていました。こういう精神状態のとき、軽井沢のようにうっそうとした木立に囲まれて生活していると気はめいるばかりです。これ以上、こういう生活を続けると精神的に自滅してしまう。妻もそう感じていました。

 結婚して三十数年。仲介役の愛犬がいなくなり、妻との関係もぎくしゃくしていました。裏切ったのは妻の身内でしたから。ある日、気分転換にわが家で友人を呼んで夕食を楽しんだ夜。私は深酒をして、妻にひどく当たり、心ない言葉を浴びせました。妻は泣きながら「死にたい」とつぶやいていました。

 翌朝、妻は自宅から姿を消しました。

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

………………

 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年09月05日時点のものです

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