大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・インドネシア空軍、欧州型の戦闘機購入計画に賛否。
・ジョコ・ウィドド大統領や議会は戦闘機購入に難色を示す。
・プラボウォ国防相の強引な導入に「政治的な思惑」指摘する声。
インドネシアのプラボウォ・スビアント国防相は7月10日、オーストリアのクラウディア・タンナー国防相に宛てた書簡でインドネシアがオーストリア空軍保有の「ユーロファイター・タイフーン戦闘機」を15機購入したい旨を伝えたことが明らかになった。インドネシアの各メディアが7月22日に一斉に伝えた。
これによりインドネシアが空軍防衛力の拡充策としてタイフーン戦闘機を念頭にしていることが明らかになったが、議会や財務省などからは早くも疑問の声や反対論が渦巻く状況となっており、実現するかどうか雲行きが怪しくなっている。
タイフーン戦闘機は北大西洋条約機構(NATO)加盟国4カ国が共同開発し、エアバス社が製造した戦闘機でデルタ翼とコクピットの左右機体にカナードと呼ばれる前翼を備えて機動力を重視し、対地攻撃能力も併せ持ち、ステルス性も高い戦闘機といわれている。
インドネシアはこれまで主に米国からF16戦闘機、ロシアからスホイ27、30戦闘機を導入して航空戦闘力を米露双方の戦闘機で整備、強化してきた。その米露戦闘機態勢にさらに欧州型の戦闘機が加わるとなることについて、一部メディアからは「インドネシアの多様性を象徴するもの」と歓迎する論調が出ている。
しかし実際に戦闘機の整備や運用に携わる現場サイドからは「戦闘機の設計思想や仕様の異なる戦闘機の混在」による手間の増加や人材の不足といった付随する問題が増えるだけで「実践的かつ実戦的ではない」との声も漏れ聞こえてくる。
一体インドネシアの空の護りを巡って何が起きているのか探ってみた。
▲写真 プラボウォ・スビアント国防相 出典:Wikimedia Commons; emPrabowo Subianto
■ なぜオーストリアのタイフーンなのか
プラボウォ国防相が明らかにした書簡に関してオーストリアのタンナー国防相は申し入れがあったことを確認して、今後売却に関して検討する可能性を示しているという。
オーストリアは2009年に第2次世界大戦後最高額の軍装備品導入としてタイフーン戦闘機15機の配備を完了している。2017年に過大支払い疑惑が浮上したほか、実際に同戦闘機15機を運用するパイロット不足、さらに「高性能・高額戦闘機が本当に必要なのか」という世論や野党主張もあり「お荷物状態」になっているとの報道もある。
こうした背景から「売却したいオーストリアと購入したいインドネシア」という双方の思惑の一致を見越したプラボウォ国防相の「タイフーン購入計画」だったとみられている。
インドネシアとしては米露の戦闘機導入で東西のバランスを取ってきたが、米政府による対ロ制裁などの影響から次期主力戦闘機として米のF35戦闘機を導入する計画があると2020年3月に報道されたこともあるほか、米から現在保有のF16の追加導入、MV22オスプレイ8機売却を米政府が容認したと伝えられるなど情報が錯綜している。
さらに2019年12月にはインドネシアは韓国との間で次世代戦闘機の共同開発で合意したことも報道されており、インドネシア空軍が今後の航空戦力整備で何を優先して、どの戦闘機、航空機を調達しようとしているのか、かならずしも明確になっているとはいえない状況が続いている。
一部からは今回の「タイフーン戦闘機導入計画」は国防省上層部ではなく、空軍の専門部署ときちんと協議した上での意思決定なのか疑問も示されている。さらに「プラボウォ国防相のやり方は国防担任の大臣というより陸軍特殊部隊司令官当時のままだ」として独断専行が目立ったかつてのやり方だとする批判も出ている。
■ 大統領、議会、財務相から一斉に難色
こうしたプラボウォ国防相の降って沸いたような突然の「タイフーン騒動」にまずスリ・ムルヤニ財務相が「国家予算は賢明かつ効率的に使うことが求められている。インドネシアの軍事力を向上させることはもちろん重要だが、いろいろなことも別のこと、側面も考慮するべきだ」と釘をさした。
地元メディアによると国会国防委員会は「将来の空軍戦闘機調達構想は国会に示されておらず、タイフーンの件も正式には知らされていないし、なんら国会で協議されたこともない」としたうえで複数の議員が連名で「タイフーン購入に対し議会は中止を求める。政府も認めるべきではないし、国防省もやめるよう国防相に進言するべきだ」と反対の立場を明らかにした。
当の国防省はマスコミの問い合わせに対してコメントを拒否する姿勢を続けている。
ジョコ・ウィドド大統領も「軍の装備品は海外からではなく国産調達を基本とし、コロナ対策に多額の予算が必要な時期だけに財政面のことも考慮するよう求める」として間接的表現ながら、プラボウォ国防相の「タイフーン計画」に難色を示したといわれている。
こうした反対一色の反応を見る限り、「タイフーン戦闘機購入」は事前の十分な根回しや予算的裏付けを検討した上での判断ではなく、プラボウォ国防相の独断で進められた可能性が高くなっており、今後の購入計画は難航することが予想される事態となっている。
▲写真 ジョコ・ウィドド大統領 出典:シア大統領府
■ 背景に見え隠れする政治的動機
プラボウォ国防相が事前の十分な根回しもせずに半ば強引にタイフーン戦闘機導入を急いだ背景には「政治的な思惑がある」と指摘する声がある。
ジョコ・ウィドド内閣は現在、東南アジアで最も多数のコロナ感染者数(7月27日現在10万303人)、感染者数(同4838人)を抱えながらも有効な封じ込め対策が取れない状況が続いている。このため「挙国一致、内閣一丸で感染防止と経済回復」を掲げ、閣僚を叱咤激励しているところだ。
しかし国防担当としてのプラボウォ国防相はコロナ対策ではめぼしい手腕を発揮しようにも「お門違い」から存在感を誇示できない状況が続いていた。
プラボウォ国防相は過去2度大統領選に挑みいずれも惜敗している。2024年の次期大統領選には2選を果たしているジョコ・ウィドド大統領は再選禁止規定で立候補できないことから、プラボウォ国防相は最有力の次期大統領候補と目されている。
軍人出身だけに国防力強化、装備の近代化で軍の全面的支持を取りつけるため、2019年10月の就任以来、頻繁に外遊しては各国の軍関係者、国防産業関係者との協議を重ねてきた。国会から「不要不急の外遊は問題である」との指摘を受けたこともあるが、ジョコ・ウィドド大統領は最大野党党首を閣内に迎えたという経緯から、こうした外遊批判からプラボウォ国防相を擁護してきた。
残る4年間の大統領任期を大過なく全うするためにもプラボウォ国防相の動向は重要であり、ある程度のフリーハンドを持たせることは止むを得ないというのがジョコ・ウィドド大統領の真意とされてきた。
今回そのジョコ・ウィドド大統領も思わず苦言を呈さざるを得なかった「タイフーン戦闘機導入計画」は①コロナ対策最優先の時期であること②多額の導入予算の捻出に財政当局が難色を示していること、などからとても国民の支持と理解をえられない、との計算が大統領に働いた結果とみられている。
逆にプラボウォ国防相の立場からすれば、どこまで「自分の思い」を大統領や内閣、議会が容認するかという一種の「観測気球」を挙げてその反応を探ったのではないか、との見方もある。
こうした見方に加えて大統領、財務相、国会などから反対、疑問視が噴出している現状、さらにコロナ対策急務という最重要の政治課題に迫られていることなどを勘案すれば、実現の可能性は極めて低い「タイフーン戦闘機導入計画」といわざるをえないだろう。
トップ写真:Eurofighter Typhoon(イメージ) 出典:Flickr; poter.simon
この記事を書いた人
大塚智彦Pan Asia News 記者
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。
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