大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・インドネシアは中国からの航空便停止、中国からの渡航者の入国制限を実施
・中国からの海産物の輸入制限にまで拡大する方針
・背景に南シナ海での海洋権益を巡る中国との争いか
中国湖北省武漢を中心にして中国全域からいまや日本をはじめ欧州や北米までと世界的に感染が拡大している新型コロナウィルスによる肺炎は東南アジア諸国連合(ASEAN)にも深刻な影響を与えている。
2月5日現在、新型肺炎の感染者が依然としてゼロの状況が続いているASEANの大国インドネシアは5日午前零時から中国本土からの定期航空便さらに中国に向かう航空便などの運航停止方針を決めるとともに中国からの渡航者の入国制限、過去2週間以内に中国を訪問したことがある外国人の入国も制限する対応策を打ち出した。
これには在インドネシアの中国大使が強硬な反対をインドネシア政府に伝えたとされているが、自国民の安全確保を最優先するというジョコ・ウィドド大統領の強い意志を反映して、中国の反対を押し切って決断したといわれている。
▲写真 コロナウィルス感染国マップ 出典:wikimedia : Pharexia
そのインドネシア政府が、新型肺炎の感染予防の一環として中国からの海産物の輸入制限にまで拡大する方針であることが5日に明らかになった。人の移動に関する制限に加えて中国からの輸入品制限まで新型肺炎対策が拡大することで中国側の激しい反発が予想されている。
エディ・プラボウォ海洋水産相は4日、「新型肺炎の感染被害、拡大を最小限に抑制するために中国からの水産物の輸入制限に踏み切った」と明らかにした。
今回の措置についてエディ海洋水産相は「これまでの約1カ月の期間に特に問題があったわけではなく、苦渋の決断だったが、海洋水産省だけの判断ではなくルトノ・マルスディ外務相の助言もあって決めたことである」とジョコ・ウィドド政権の方針として決めたことであることを重ねて強調した。
その上で「インドネシアとしては新型肺炎による最悪のリスクを回避するための措置である」とあくまでもインドネシア国民への感染拡大防止の観点からの決断であることを訴えた。
▲写真 鮮魚イメージ 出典:pixabay: ulleo
水産海洋省によると今回輸入が禁止されるのは中国からの鮮魚に限定され、冷凍水産品など他の水産輸入品に関しては「監視・検査態勢を強化して冷凍水産品をはじめとする他の中国からの輸入品目については感染の有無を厳しく調査した上で輸入は継続する」としている。
■ 中国大使は入国制限に猛反発
在インドネシアのシャオ・チャン中国大使はインドネシア政府が2月5日から実施すると発表した中国からの航空機の乗り入れ禁止と中国人旅行者、中国を訪問した外国人の入国制限に関して「旅行制限を課していない世界保健機関(WHO)の決定に従うべきだ。インドネシアの経済と投資に否定的な影響を与えるようなことを講じ、過剰反応しないように、そして冷静に対応してほしい」(4日付け英字紙ジャカルタ・ポスト紙電子版)と申し入れていた。
こうした中国政府の姿勢を反映した中国大使の申し入れだけに、今回の水産漁業省による輸入制限は「鮮魚に限定したもの」とはいえ、新型肺炎が魚類に感染したとの報告はこれまでのところないことなどから中国側は強く反発、抗議するものとみられている。
■ 背景に南シナ海の漁業権益問題も関係か
こうしたインドネシア政府の強い対策はあくまで「インドネシア国内への新型肺炎の感染防止」「インドネシア国民の保護」を最優先した結果とされている。
しかしその一方で2019年12月から2020年1月初めにかけてインドネシア・リアウ諸島州ナトゥナ諸島周辺海域でインドネシアの海軍、海上法執行機関などの艦艇と中国漁船と中国海警局艦艇による激しいつばぜり合いがあったことも無関係ではないとの見方も有力だ。
▲写真 インドネシア沿岸警備船 出典:Indonesian Ministry of Transportation
国連の海洋法条約に基づくインドネシアの排他的経済水域(EEZ)と中国が一方的に宣言している九段線が南シナ海南端、ナトゥナ諸島北方海域で重複しており、インドネシアのEEZ内で無許可の違法操業をする中国漁船約60隻とそれをエスコートする海警局艦艇6隻に対しインドネシア側がEEZ外退去を求める状態が続いていたのだ。
その際、インドネシア政府は在インドネシア中国大使館に厳しく抗議したが、中国側は一方的主張を繰り返すだけだったといわれている。
インドネシアは海軍艦艇や空軍戦闘機、要員を同海域に増派して対抗する強硬措置に打って出たことから最終的には1月13日に中国側は全艦艇がEEZ外に退去した。
こうした南シナ海での海洋権益を巡る中国との争いが今回のインドネシア側の「中国からの鮮魚輸入禁止」と関係あるのではないか、ジョコ・ウィドド政権による中国への「意趣返し」ではないか、との見方が一部マスコミ関係者や最大与党「闘争民主党(PDIP)」幹部の間から聞こえてくる。
感染者ゼロを続けて国内感染を抑えこみたいジョコ・ウィドド政権だけに「この際できることはとにかく何でもやる」ことを徹底しており、まずは複雑な背景が存在する中国の鮮魚から手をつけてみせた、ということで今後の中国の出方が注目されている。
トップ写真:インドネシアのスカルノハッタ国際空港 出典:wikimedia: Sabung.hamster aka Everyone Sinks Starco
この記事を書いた人
大塚智彦Pan Asia News 記者
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。
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