7匹の小さな魚型ロボットが、ハーヴァード大学の研究室にある暗い水槽の中をゆっくりと泳いでいる。それぞれの背中と腹部からは2つのLEDの青い光が発せられており、それらをカメラの巨大な“眼”でじっと見ながら、互いに自動追跡して群れをなすのだ。
この複雑かつ創発的な行動は、驚くほど単純なアルゴリズムから生まれている。これらの魚型ロボットは、生みの親である人間の工学者に急き立てられるようなことはほとんどないまま、やがて群れをなして勢いよく回遊し始めるのだ。これは本物の魚に見られる一般的な防御行動のひとつである。
この「ブルーボット(Bluebot)」と呼ばれる魚型ロボットは、群ロボットの行動制御を研究するスワームロボティクスという分野に新たに登場したロボットだ。工学者はこの分野の研究において、ロボットを「スワーム」、つまり生物の群れのように動かそうとしている。
だからといって、ぞっとするような方法ではない。研究の目的は、本物の魚の群れにより近い動きをブルーボットにさせることにある。そして自律走行車や、火星に人間の住居を建設するであろうロボットなど、あらゆるロボットの能力を向上させるための知見をロボット工学者にもたらすことだ。
カメラの眼で互いを認識
ここでブルーボットの仕組みを説明しよう。カメラの眼は視界がほぼ360度あり、仲間のLEDの青い光を常に追いかけている。ブルーボット同士の間隔は、それぞれ86mmだ。
仲間がそばにいると、2つのLEDは離れているように見える。仲間が遠くにいると、ふたつのLEDは近くにあるように見える(ロボットは縦揺れも横揺れもしないので、LEDは常に垂直になっている)。この単純な情報によって、ブルーボットはそれぞれほかのロボットとの距離を把握できるわけだ。
「映像でLEDの距離の遠近がわかると、実際のロボット同士の距離の遠近がわかります」と、ハーヴァード大学の生物学者フローリアン・バーリンジャーは説明する。「それが今回の実験での仕組みなのです」。バーリンジャーが筆頭著者として今回の研究をまとめた新たな論文は『Science Robotics』誌に掲載されている。
ブルーボットが仲間の位置を認識すると、それぞれの位置に関するデータが単純なアルゴリズムに入力される。そして、水槽で泳ぐ際の行動を誘導する仕組みだ。例えば、群れをなして泳ぐ行動を模倣させる場合、研究者はブルーボットに目の前で何が起きているのか認識するよう命じる。
「こういうルールだったんです。目の前に少なくとも1体のロボットがいたら、少し右に曲がるよう命じるんです」と、バーリンジャーは説明する。「ロボットが1体もいなければ、少し左に曲がるように命じます」
すると、ブルーボットは1匹ずつ列をなし始める。その様子が、上のGIF動画から見てとれるだろう。
群れで目標物を探索
下にあるGIF動画では、ブルーボットが別のタスクを実行しようとしている様子がわかる。それは「探索」だ。この行動はやや複雑で、アルゴリズムのいくつかの異なる命令によって誘導される。
最初の行動は「分散」と呼ばれるもので、ロボットに互いに離れるようアルゴリズムが命令する。これによりロボットは、目標物として水槽の底に配置された赤いLEDの光を探すために散らばっていく。「ロボットが分散して距離を最大化すると、探索範囲が広がります。つまり、光源を見つけるチャンスが増えるのです」と、バーリンジャーは説明する。
1匹のブルーボットが赤いLEDを見つけると、そのブルーボットは自分の青いLEDを点滅し始める。これが目標物の発見を仲間に知らせる合図になる。別のロボットがこの青い光の点滅を見ると、アルゴリズムの命令が分散から集合へと変わり、ロボットたちは目標物の周りに集まる。
「あとから光源を目にしたロボットも自分のLEDを点滅させるので、信号は強度を増します」と、バーリンジャーは言う。「目的を同じにする行動によって探索作業のスピードは劇的にアップします。1体だけで光源を探すことになれば、7体で探す場合の約10倍の時間が必要になるでしょうね」
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これが群れの力だ。例えば、ブルーボットの開発チームは絶えずコミュニケーションをとっている。それも極めて単純なかたちだが、そのコミュニケーションによって協力して作業を達成できるわけだ。
「こうした取り組みに大きな困難が伴うことは理解しています」と、チューリッヒ工科大学のロボット工学者ロバート・カッツマンは言う。彼は独自に魚型ロボットを開発しているが、今回の研究には携わっていない。「ですから、ブルーボットの研究チームがこうした動きを実現させたことには驚かされました。それに実現させていることに比べて、ずっと簡単に見えるのですから」
「ここで問題になるのは、本物の魚は本当にこのように行動しているのかどうかですよね」と、カッツマンは言う。群れをなす魚にとって視覚が重要なツールであることは確かだが、ほかの動物と同様に魚の感覚も多様だ。魚の視覚はほかの感覚とともに機能しており、具体的には「側線」と呼ばれる器官が鍵を握る。
感覚細胞からなるこの器官は、魚の体の側面に沿って頭から尾まで通っている。水圧の微妙な変化を検知し、魚が群れとして動く際に仲間と同調した動きを保てるように、視覚を補う働きをするものだ。
ブルーボットが海を泳ぐ日
しかしバーリンジャーのチームは、複雑な群れの行動を明らかに視覚だけで見事に実現させた。カメラがさらに低価格かつ高性能になれば、研究者はブルーボットに極めて鮮明な画像で周囲を認識させられるだろう。「青いLEDを外して、文字通り本物の魚の動きのパターンに近づけたいですね。それ以上のこともできればと思っています」と、ハーヴァード大学のロボット工学者で論文の共同執筆者のラディカ・ナグパルは言う。
いつの日かブルーボットは、外海に出ることができるようになるだろう。海ではサンゴのような障害物を視覚で検知しなければならない。また、ミノカサゴのような侵入生物種を独特のフリルがついた形を頼りに探すことがあるかもしれない。というのも、こうした状況下でブルーボットを誘導できるような高性能なLEDは、まだ開発されていないからだ。
だからといって、ブルーボットに世界を多様な方法で認識させられないわけではない。例えば、ロボット工学によって側線の機能を実現することもそうだ。「ひとつのセンサーだけでいかなる複雑な環境にも対応できるとは思っていません」と、ナグパルは言う。
「何も問題のない環境でセンサーひとつで自律走行車を走らせることさえ、まだできていません。それを考えれば、水中は恵まれた条件とはいえないでしょうね」。実際に自律走行車は現時点でマシンヴィジョンに加えて、レーザー光を用いたセンサーであるLiDAR(ライダー)を併用しているのだ。
「ですから、視覚だけで十分でわるとはまったく思いません」と、ナグパルは指摘する。「とはいえ、とっかかりとして視覚は非常に強力なセンサーであるとは思います」
火星で働くロボットのために
自律走行車といえば、今回の研究のポイントは群れのように動くロボットを海洋環境の監視に使うことだけではない。もっとさまざまな場面において、よりうまく協調できるようにすることである。
考えてみてほしい。優雅に群れて泳ぐ魚のように走ることを自律走行車に教えることができれば、衝突事故を減らせることだろう。同じような動きをロボットに教えることができれば、アマゾンの物流センターで動いているロボットがロボット同士だけでなく、人間とも協調できるようになるかもしれない(厳密には“人間をひかないように”と言うほうが正しいだろう)。
「こうした世界は現段階では現実というよりは空想かもしれません。でも、人間が火星に行くことを考えてみてください。イーロン・マスクをはじめとする金持ちたちは、本気で実現させたいと考えているんですから」と、バーリンジャーは言う。
だが、人類が火星に住めるようになるには、まずは住居が必要になる。「そこで人類が火星に行く前に、ロボットのチームを送り込まなければならないでしょうね。ところが、火星でロボットを制御する方法はありません。地球から火星に信号を送るには遅延がありすぎるからです。このためロボットには、かなりのレヴェルの自律性能が必要になります」
火星に送り込まれるロボットは、ミスを修正する人間がいない状態で作業することになる。荒れた地表を移動しながら、複雑な建設作業を成功させるためにロボット同士で完璧に協調して動作しなければならないのだ。それにはまず、ロボットが群れをなして動く訓練が必要になってくるだろう。
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