犬 14.65歳
業界団体が調べた平均寿命です。高齢化するペットが重い病気になった時、どう介護し、どうみとるのか、飼い主は悩んでいます。
アメリカとは価値観が違う?
「安楽死させてあげるというのは人間のエゴ」
「日本人は延命延命ですよね」
アメリカではペットの安楽死が一般的だというSNSへの投稿をきっかけに、ペットのみとりをどう考えるのか、賛否両論が寄せられました。
老犬の介護は続けたものの…
茨城県の来栖祐子さんはことし4月、13歳のシーズーをみとりました。
少し頑固でしたが、覚えたことはしっかり守る愛犬の日々の姿を、来栖さんはSNSにアップし、知り合い以外からもフォローされる自慢の存在でした。
さらに鼻と脳の間に悪性の腫瘍があることもわかり、3月には嗅覚がなくなって自力で食べたり飲んだりすることができなくなりました。
それでも来栖さんはできるかぎり、愛犬と一緒にいたいという思いを捨てられませんでした。
来栖さん
早く逝かせてあげたいという気持ちもありましたが、それ以上に逝かれてしまうと悲しいという思いが強かったです。本人は目が見えないし、匂いもわからない中で、「早く解放してよ」と訴えていたのかも知れません。それでも、私はそばにいてほしいと思い、介護を続けました。
来栖さんは愛犬を自分のエゴで長い間、苦しめてしまったのではないかと考えることもあるといいます。
来栖さん
私のせいで苦しんだと恨んでいるのではないかと思い返します。一方で限界まで生きたことで、お互いが納得できたんじゃないかと自分に言い聞かせています。
年々進むペットの高齢化
ペットとして人気のある犬と猫の平均寿命は延びています。
ペットフードを製造・販売する会社でつくるペットフード協会によると、医療の進歩やペットフードの栄養バランスがよくなったことで、平均寿命はこの10年ほどで、犬が0.78歳、猫は1.3歳延びています。
ペットが長生きすることで一緒に暮らせる期間が長くなった反面、年齢を重ねる中で重い病気にかかるケースも出ています。
介護をし続けるのか、飼い主にとって切実な問題となっているのです。
「この病気は治りません」と言われ
奈良県の梅澤薫さんは去年7月、9歳だったミニチュア・ピンシャーをみとりました。
優しい性格で散歩をしていると、近所の子どもたちにいつも声をかけられ、体をなでられました。
車で外出しようとすると「どこ行くの?一緒に連れていって」というようにほえました。
そして夜は梅澤さんの隣でくっついて寝ていたといいます。
しかし、7歳になったころから、苦しそうにせきをするようになります。
奈良と大阪の動物病院をいくつも回った結果、「気管支拡張症」と診断されました。
呼吸がつらくなったり、吐き気をもよおしたりする病気で、獣医師からは「この病気は治りません。悪くなるだけです」と告げられました。
始めのころは病院で注射を打ってもらうと症状が落ち着きましたが、次第に効かなくなりました。
安楽死の選択は正しかったのか
根本的な治療法がない中で、獣医師からは愛犬を苦しみから逃れさせるために安楽死という選択肢を提示されました。
梅澤さん
毎日、神社でせきがおさまるように祈っていました。最初は安楽死なんて考えたこともなかったので驚きました。飼い主としては1分でも1秒でもそばにいたいので、何か治す方法はないかと本を買って勉強もしました。しかし先生が言うように治療法は出てきませんでした。
悪くなるばかりの様子を見ながら、そばで寄り添い続けるのか、苦しみから解放してあげるのか気持ちは大きく揺れました。
梅澤さん
本当にもう亡くなる1、2週間前は「早く治って」と声をかけたり、「安楽死して楽になりたいか」と聞いたりしました。どちらがいいのか、心の中で2つの選択肢が格闘していました。
最後の夜、涙ながらに「今までありがとう。苦しみから解放させてあげるからね」と話しかけると、「どうしたの?」という表情をして、梅澤さんの涙をなめてくれたといいます。
梅澤さん
安楽死という選択が正しかったのかは、今でも寝る時によく考えます。天寿を全うすることに逆らってしまったのではないか。愛犬はもしかしたら、苦しくても私と一緒にいたいと思っていたのではないか。しかしそれでもあの苦しさから解放させてやるのが私の思いやりだと思いました。「これでよかったよね」と天国にいる愛犬に言うしかないし、自分にも言い聞かせるしかないと思っています。
命を助けるため獣医師になったのに
42年前に獣医師になった大谷英雄さんはもともと「大好きな犬や猫の命を助けたい」と動物医療の道を選びました。
しかし獣医師になると、実際には命を助けることができず、治療の選択肢の1つとして、安楽死を提示することに向き合わざるをえませんでした。
大谷さん
動物たちを助けたいと思って獣医師になったにもかかわらず、実際には命を奪う判断をしなくてはならないというところに矛盾というか、反対のことをしているのではないかと感じていました。命を奪う責任感も大きかったですし、自分が命を奪っていいのだろうかと悩みました。
それでも、実際に処置を行う時は心苦しさを感じています。
大谷さん
私自身もかつて愛猫の安楽死を決断しました。「少しでも一緒にいたい」という感情が強く、とても悩みました。飼い主さんやペットのことを考えると、安楽死に対して無感情でいることはできません。しかし苦しみを取り除くためには避けられない選択なので、今では獣医師としてそのつらさを引き受けなくてはならない時もあると思っています。
安楽死の基準はないのか?
現場に委ねられているペットの安楽死。動物愛護行政を所管する環境省に話を聞くと、「前提として、法律ではペットをみだりに傷つけたり殺したりすることは禁じられているが、状況によって安楽死は認められている」ということでした。
しかしどのような場合に安楽死が選択肢となりうるかについては「基準は定められていない」としています。
海外では国や獣医師会が安楽死の基準を設けたケースがあるということで、環境省は現在、各国の状況について調査を進めています。
まずは議論を
ペットの高齢化の問題に詳しい帝京科学大学の佐伯潤教授は、基準作りが進んでいない理由として、日本では飼い主が安楽死に対して抵抗感を持っていると指摘します。
佐伯教授
日本人はもともと天寿を全うさせなくてはという考え方が強く、これまで安楽死を議論することがタブー視されていました。そのため、どういった場合に安楽死が選択肢となるかについての基準がなく、飼い主や獣医師によって判断の振れ幅が大きい状況になっています。そのことが飼い主や獣医師の負担の大きさにもつながっていると思います。
佐伯教授は安楽死という大きな決断に、一定の基準を設ける議論を始めることが欠かせないとしています。
佐伯教授
安楽死をするか否かは飼い主の宗教観や医療者の倫理観などによっても違うので、一律に定めるのは難しいと思います。ただどのようなときに選択肢として考えるかの目安として基準を示していくことは必要です。獣医学的な見地からだけではなく、社会学的、倫理学的、法学的な見地などさまざまな立場から、国民的な議論を始める時期が来たと思います
冒頭の犬の写真は、私(記者)の実家で飼っている12歳のパピヨンです。
年齢を重ねるとともに、気管の調子が悪くなり、ガーガーと苦しそうに呼吸することが増えてきました。
こうした重い判断が迫られることがあるかもしれないと早いうちから理解し、家族でしっかり話し合って育てていくことが重要だと改めて感じました。
(ネットワーク報道部・芋野達郎)
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June 07, 2022 at 09:01AM
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